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【TAMESUE DAI HARD in San Francisco |
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サンフンシスコ国際空港に到着後、サンフランシスコ湾に沿って南に向かう。そして 湾の中央に掛かる長い橋を渡り、対岸にあるオークランド−ユニオンシティへと走 る。桜が満開、新緑の候。3月半ば過ぎなのに、カリフォルニアの空は青く、肌を刺 すような日差しを感じる。日本よりちょっと早い春だ。 ここに為末大(大阪ガス、24歳)が心機一転、練習環境を変え異色な「Remi Track Center」にやってきたのは2月初めだ。 始めて、選任コーチ指導の元でシーズンを迎 える練習に余念がない。 このレミTCは、為末、ドゥワイン・チェンバーズ(昨年、欧州選手権100m優勝 者、最高記録9秒86)、ケリー・ホワイト(エドモントン世界選手権200m2位)の ような世界のトップ選手、今年のスーパーボールに出場したNFLライダーズの名ラ ンニングバックス、中学生の逸材、若手、中年、初老の「レクリエーション」スプリ ンターらの多彩の顔ぶれに驚く。 みんなそれぞれの「スプリント」の夢を追っている 短距離集団だ。滞米24年、ウクライナ黒海の港町オディッサ出身、レミ・カルチェム ニー・コーチ(71歳) の元を慕って選手が集ってくるのだ。かれは老若を問わず、く る人を拒まない。為末は精悍に真っ黒に日に焼けた顔、表情に自信が溢れている。す でに「昨年のシーズン中の調子」と好感触を得ている。新しいシーズンに向けて、進 境著しい為末の近況、今シーズンの抱負を密着取材した。 コーチなしの単独練習の限界 為末は初めての海外長期合宿を単独で敢行している。為末が拠点しているホテルは、 大きな食べ物屋が集結したショッピング街、駐車場の真中にある長期滞在専用のも の。総て、手を伸ばせば届く距離に身を置く至極便利な環境だ。毎日の練習する競技 場、マッサージを受けるクリニック、ウエイトトレーニングジムなども、車で15分ぐ らいの距離にある。ここではこの国が対イラク開戦を勃発したことなど、とても想起 できないのんびりした雰囲気だ。為末は中学生から虜になったという陸上競技、驚い たことに本格的な指導者についたことは今回が初めてと言う。 プロ外国人コーチを雇 い、憧れの単独で海外合宿練習など、かつて経験したことがない新鮮な刺激で新たな 挑戦に嬉々としている。 ―海外単独合宿と言うのも珍しい。なぜですか?
―なぜ、今までコーチなしで練習を続けてきたのか? 為末―おもな理由は、ぼくが頑固一徹なことでしょう。競技に関することは、ひとつ ひとつ感触を確かめ、自分で体験、納得しなければ梃でも動かない性格です。まず、 自分が良くも悪くも、自分なりに理解して行かないと進まないんです。大学に入って からなんとなく、ほとんど自分で見よう見真似でやっていたような状態なんです。ま あ、24歳になって始めてコーチにつき、一から陸上競技をやって行くと言う感じで すね。昨シーズンは特別これといった目標はなく、非常に気楽なシーズンでした。で も、国内外で悔いの残る負けレースとか、ハードリングの失敗がありました。例え ば、昨年の練習は前半2、3、4、5、6、7台まで一貫してダッシュ重視型というか、前半に “ドン”と出てしまえば勢いで最後まで行くんじゃあないか・・・そんな感じのト レーニングをしていたのですが根本的に失敗でした。結局、どれも小手先の技でし た。これ以上、自分一人でやってゆく限界を悟ったと言うことです。 ―どのような経路でレミ・カルチェムニーに出会ったのか? 為末―朝原さんの競技生活、100mに掛ける姿勢は、ぼくに大きな影響を与えてく れます。ですから、朝原さんと一緒にテキサスで練習することは安易な道ですが、ど うせ行くなら一人で“ポーン”と、見知らぬところに行かなければ意味がないと思っ ていました。いろんな人にコンタクトして情報集めをしましたが、最終的に、ぼくの エージェントであるカロライン・フェイスの紹介で、レミTCフロリダのマイアミ大学 で行われた冬季合宿に3週間参加体験をしてから決めました。これができたのも、朝 原さんが海外への道しるべを敷設してくれなければ、多分、ぼくは海外の知識、情報 がなかったものですから、海外のコーチ、海外で合宿練習をするような発想は起こら なかったでしょうね。その点、朝原さんに感謝しています。また、朝原さんを見てい ると、やっぱり、頭で走ることもありえるんだなと思えるようになりました。 スプリントが400mhのキーポイント ―レミ・コーチに指導を受けたいと主な理由は? 為末―外国人に客観的にコーチしてもらうのも新鮮かなあ〜と思っていました。レミ はウクライナ出身の人。アメリカ人のコーチとは違い、旧ソ連時代のオーソドックス の競技者理想像を持っています。例えば、練習時間厳守、規律を重んじ、選手にまじ めな練習態度を求めます。時には厳しく、大声で叱咤激励します。ぼくにビールを “飲むな!”とも言うし、ある部分で日本人と共通するひたむきな情熱を傾ける人 で、「謙虚にがんばれば結果は出てくる!」なんて言います。ぼくのような日本人に はかれのようなコーチは案外合うのかもしれません。ストレートで一貫した長い実践 に基づいた指導。そんなかれの魅力ある人柄に惹かれ、深い信頼を置いています。ぼ くがアメリカにきた最大の理由は、基本的に競技以外は、一切マイペースの生活がで き、単純にスピードをつける指導者をあいが求めにきたんです。いざここにきてみる と、コーチは日本人的以上なディシプリンを求める指導者です。かれに反応する自分 を見て『やっぱり日本人だなあ〜』と、違う角度で自分を再認識する機会にも恵まれ ました。 −レミはどんな人柄ですか?
―なぜ、今スプリントなのか? 為末―ぼくの400mhのコンセプトは「スプリント」が基本でしょう。走りそのもの ペース配分とか、駆け引きも重要なことと思うのですが、いかんせん、力でネジ伏さ れるようなレースをされたら打つ手がありません。そのような悔しい経験を味わって きていますから、根本的にかれらに対応できる地力を上げないと太刀打ちができませ ん。それが最大の課題です。高い地力がついて始めて、最後の勝負どころで作戦、 ペースと言うものが始めて生かされることになります。レミのコーチを受けるとき、 最初ぼくの要求を提出しました。もっとスピードをつけたい、次はアテネ五輪優勝の 希望です。前に言いましたように、自分一人で練習プログラムを組み立てて、ここま でやってきた限界を感じてきました。打開策として自分より遥かに大きな経験、能力 を持つ専任プロコーチの指導を受けることです。ぼくの能力を最大限に引き出せる能 力の人の必然性を痛切に感じましたね。 −その具体的な練習はどんなものがありますか? 為末−例えば、ぼくは本格的にスタートダッシュを習ったことがありません(笑う)。 一からスプリントの練習を始めるのですから、練習がかなり違います。コーチのスプ リントの概念に新鮮な響きを感じます。新しいことを学ぶと言うことは非常に楽しい ものです。いまはケッコー形になってきたので習い始めよりやはり早くなっています ね!エドモントンの年も、シーズンが深くなるに従って上がり調子でしたが、あの年 の同じ時期よりさらに調子が良いんです。記録で言いますと500mでいままでより 1秒早い!単純に、春先だけの調子を見ても過去最高の状態でしょうね。 −そのスピードが具体的に400mhにどのような影響が出ますか? 為末−それは今のところまだ本格的に、このスピードをどのように400mhで応用 できるか、現在ではそこまで練習が進んでいません。ただ、これが日本のように凄い 本数を重ねるだけの練習ではなく、1本1本をコーチが理想とする効率良いフォーム で走り、例えタイムが悪くてもそれは質の高い走りをしなければ意味がないのです。 レミのスプリンターの理想像があって、それに近い走りが出きるときタイムの是非は 問わない。スプリンターの理想像を貫けば、タイムは自然と後からついてくるものら しい。それには、まず、無駄ない効率な理想ある走りを身体に納得させることです。 フォームが乱れるとタイムが出てもそれは質の高い走りとは認めません。 目標タイムは200m20秒50,400m45秒00 −早くなりたい、五輪で優勝したい!と言ったときのレミコーチの反応は? 為末−特にこの国では、日本と違い意思を明確に相手に伝えなければ相手はわかって くれるようなことはありません。最初のころはやはり意思表現があいまいで「Yes か No」を、はっきり言えなく躊躇しました。ぼくは日本ではかなり意思表現をはっきり するほうですが・・・、最初のころは聞いているだけでしたが、最近では言葉も少し 覚えてきたので、以前より意思表現の可能性も広がり、少しはやりやすくなりまし た。そんなこともあって、ぼくの考え方、希望、モチベーションをレミに率直に伝え ると、レミは「ダイよ!200mを20秒50、400mを45秒フラットで走れば 400mhのハードルはそんなに高くないから、2秒足せば400mhは47秒フ ラットで行けるよ!You can do it!!」と、簡単に断言しましたね。もちろん、高い 目標ですが不可能な数字ではないでしょう。目的達成のためにはこの数字が妥当で しょうか。 −この目標達成のために、なにが最も重要だと思いますか? 為末−まあ、要するに、現在指導を受けているスプリンターに必要な基本的なこと全 てです。例えば、今までさほど重要とは思っていなかったし、ウエイトトレーニング はこれまでほとんどやった事がなかった。短期間ですが、かなり上体の筋力もつきま したね。スタート練習の全て、手のつき方、腰の上げ方、ブロックの蹴り方、手の振 り方など、およそスタートに関する極めて基本的なことです。それからコーナーリン グ、手の振り方は内側の手は外側より小さく振ることなど、いままで知らなかった と。脚の理想的な回転など、非常に細かなことをなんども反復します。教わることが 非常に新鮮で刺激です。まだまだ、これから習うことが山ほど出てきそうです。ハー ドルリング一つにしても、眼の位置、肩の入れ方、角度など、厳しい適切なアドバイ スがあります。さすがアメリカ陸連ハードル専門コーチとして十年以上のキャリアの 持ち主です。 −その記録達成の可能性は? 為末−やらなければなりません。今までなら自分も身体に聞いながら自分で目標設定 をしていました。今度はプロコーチが客観的に見立ててくれるのは刺激的です。ある 人が4年をひとつの周期で計画を立て、モチベーションを高めることが大切であるこ とを言ってくれました。要するに、競技生活に緩急をつけることによって、精神、肉 体的なリフレッシュを図ることが重要なのです。昨年は休養の年。今年は世界選手権 があります。この大会でなんらかの良い結果を残して、来年アテネ五輪に向けて弾み をつけたいところです。こうして海外でやってみると、「こんなものかなあ〜」と理 解できます。最初のころは競技者の成功は身体能力が最も大切な要素かと思ったので すが、それだけではないでしょう。テクニックの影響などもあるでしょうが、それプ ラス国際的な順応化など、自分の生き方なども大きく影響すると思います。かつて全 国大会で一緒に戦ってきた人達が、すでに引退しているケースがあります。まあ、人 によっては伸び悩みもあると思いますが、残っているのは継続する強い愛着に支えら れていることが必要ですね。長く競技を継続することによって、飛躍するチャンスも 生まれます。 企業スポーツマンはフェア−な戦いではない −どこでもマイペースで生活できるタイプですね。 為末−できなければ挑戦します。今までかなり好き勝手に競技場でもやっていたんで すよ。これは生まれつきな性格なので急激に変わることとは思えません。いつになる か判らないのですが、やがては欧米の選手のように「完全なプロ」になることを考え ています。うちの会社は、ぼくが全くものにならないころから目を掛けていただきま した。ぼくの話を聞いてくれ「夢を大事にするなら仕方ないことだ」と言って理解を 示してくれる寛大なところがあります。ぼくは陸上オタクです。陸上競技がマイナー スポーツと言われるのが嫌なで、日本でも欧州のようになれば良いなあ〜と思うし、 少しでも陸上競技発展に貢献できれば良いので、まだ、具体的にどのような手段に訴 えたら良いのかわかりませんが・・・。 −企業スポーツと完全プロをどのように見ますか? 為末−欧米の選手と戦って、フェアーじゃないと思います。ぼくの生活は所属会社か ら保証されています。ぼくは会社で半日勤務に給料を支払われていますが、競技者と してではありません。しかし、会社は当然なんらかのぼくに競技活躍の見かえりを期 待します。同じスタートするときに、そんな条件の違いで一発のレースに生活の掛 かっている意気込みの選手に勝てる分けがないことを痛感しました。矛盾をたくさん 含んだサラリーマン競技者とプロ選手と大きな違いです。このことは競技者の我が侭 かもしれませんが、日本陸上界全体がどんな形にしろプロ化すれば理想的でしょう ね。近いうちぼくも完全プロ陸上競技者として、生計を立てることが希望です。出き れば陸上競技の範疇を超えないところでの活躍です。考えただけではなにも生まれま せん。考えを行動に起こして始めて、楽しさ、現実の厳しさも経験できます。結果は 良くも悪くも、全て自分に振りかかってきます。漠然とした「プロ選手のイメージ」 を高校生のときから持っていましたし、好きな陸上競技を職業にしたい夢を持ち続け ました。現実には形が違いますが、出費する名目が違うだけで経費とそれにかかわる 見かえりは抜本的な差はありません。特に、日本では多くの長距離選手を抱えている 企業があります。年間一人に数千万円の経費が必要でしょう。選手には給料と言う形 でも良いんですが、広告効果によって報酬給料を支払うようになったほうが自然じゃ あないかと思っています。ちょっと角度を変えることによって、状況に大きな変化が 起きます。モヤモヤが消えてもっとスッキリするんじゃあないですか。 −今季、新しい為末に期待できますね
−好んで試練を自らに課せるタイプですね。 為末−そんな格好のいいものではありませんが、勝負ですから楽をして勝ってもあん まり意味がありません。勝ったり、負けたりして、刺激を常に自分に与えつづける必 要性がぼくにはあります。深いところで「なにクソー!」と、闘争心が起きないとだめ なんですね。ですから、今回始めて単独で見知らぬ環境にきたのも、なんらかの刺激 を求めてきたのです。スプリントの練習を積み、言葉も習える。ここにいれば日本に いるより新しい情報が簡単に入手できる。本で知ることより、実際に現場で体験した 選手から直接に聞くこともできる利点は大きいと思います。 −プロコーチ、プロエージェントを使う利点は? 為末−プロコーチは選手をクールな目で客観的に見ます。長年の経験から適切なアド バイスを飛ばし、選手の潜在能力の最大限を伸ばす努力をするのが仕事です。また、 膝が痛いときなど、自分では多少の痛みなら我慢して練習を続けるが、コーチなら即 座に対処して練習を中断させるでしょう。今までは自分の身体は自分が最も熟知して いると自惚れていました。自分はコーチが必要ではないと思っていたのですが、やは り、こうしてコーチにつくと大事かなと思います。また、海外遠征を希望するなら、 現行のシステムでは、エージェント契約なしの選手は相手にされず、ロクなレースに 出場できません。エージェントはぼくを最高の条件で主催者に売る努力をします。な るべく感情を導入しないで、ビジネスライクに示談が進行します。多分、F1じゃあ ないですが、ぼくをマシンみたいに見たてる。コーチはベストを尽くしてチューン アップするのです。仕事分担がプロフェショナルの人達が、銘々の分野で最大の努力 をする環境です。 単身海外生活から学ぶこと −英語が短期間で上達した様子だが・・・いつから勉強したの? 為末−日本では喋りませんが、会話はこちらにきてからです。実際、今まで英語を喋 ることは海外GPにきたときだけですが、冬の間日本にいると忘れてしまいますか ら、また、ヒヤリングを始めからやりなおさなければならないような状態でした。お 金があれば通訳をつける手もありますが、やはりそれでは上手くなるのが遅いでしょ う。eメールでは外国選手とやり取りしますが、言葉ができると人間関係が広がりま すね。英語は本格的に先生について習っていませんが、喋ることは好きです。ここの 仲間も教えてくれます。習うと言えば、ここにくることになって慌てて取ったのが運 転免許です。日本では車が必要ではなかったのですから、車を持っていません。ここ では車がなければ不自由ですので、12月に運転免許を獲得。ここにきてレンタカー を運転し始めたのですが、慣れないうちは死ぬような怖い目にあいましたよ!英語な ど、毎日の生活で習得しなければならないことがまだまだたくさんありますね。 −今までどこの国が印象的ですか?
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