世界中で期待されたラドクリフ、脅威の世界最高記録
予想されたと言え、マラソン2回目のポーラ・ラドクリフ(イギリス、28歳)は、世界最高2時間17分18秒の新記録を樹立、改めて"衝撃的"だった。肩を吊り上げ、機械的に首を縦に振りながら走るフォームも、こうなるとパワフルに見えるから不思議だ。ラドクリフはウォーミングアップで少しナーヴァスになったと言いながらも、前半、はやる気持ちを押さえながらも最初の5kmを16分27秒で入った。世界最高記録保持者のキャサリーン・デベラも、ラドクリフに付いて行くのは12kmで力尽きた。渋井も完全に遅れた。ラドクリフは20kmで渋井との差を13秒開けた。前半を69分1秒で通過、機を見て後半一挙にギア―チェンジ、20kmから各5kmのスプリットタイムが16分08秒、16分06秒、16分05秒、16分63秒の驚異的なスピードで独走。圧倒的なスピードに乗った一人旅! 強風の向かい風を受けた難関の40kmからも衰えず、ゴールまで7分10秒!!ゴール後も短時間で疲れも見せない脅威の回復力。今年の世界陸上長距離界は、ラドクリフの超人的な史上最強選手を記念すべき年になろうか。

女王からスポーツ功予労賞(MBE)を6月に受賞(過去に、400mhのガンネル、マッコルガンらが受賞している)、BBCも今年最も活躍したスポーツ選手に与えられる"最優秀選手賞"も、すでにほぼ決定したと言う。ラドクリフの強さの秘訣を多角的に探って纏めた。 最初の5kmが16分27秒、前半を"押さえて"入った

―2度目のマラソンで世界最高記録の感想は?

ラドクリフ―レース前から物凄い期待のプレッシャーを感じていましたし、長い間猛練習を続けてきたのですから、自分自身でもある種のプレッシャーを掛けていました。その結果、今年最後の大事なレースで世界最高記録を樹立、優勝できたのは大変に喜ばしいことです。わたしにとって、今シーズンは最も素晴らしい年になるでしょう。レース前からも言っていたように、練習もトラブルもなく十分に消化してきたし、調子は最高の状態でしたからある程度の記録は期待していました。レース前に世界記録を破るとか、予想記録を話すことは好きではありません。記録云々より勝つことが最大の目標で走りましたから、記録は後からついてくるものと思っていました。

―17分台の記録ですか?

ラドクリフ―わたしのフィジオセラピストのジェラルド・ハートマン(アイルランド、リメック市にある著名な治療院長)は、レース前に7分30秒を予測しました。わたしの夫、練習パートナーも一緒に毎日走っているので、レース前には予想記録は公表しませんが事故でも起きなければ7分台は頭にあったでしょうね。(これと同じ質問をラドクリフの夫、ゲリーにすると、判を押したような答えが返ってきた。「ポーラの調子は、ロンドン以上に仕上がっているが、マラソンは勝負が最優先。良い走りができれば記録は当然後からついてくるものだ」)

―なぜ、前半を押さえて入ったのですか?

ラドクリフ―今回で2度目のマラソン、まだ駆け出しでしょう。調子が良いことがわかっていても、レース前のウオーミングアップでなんとなくナーヴァス(笑い)どこまで走れるか不安でした。最初わたしが最も心配したことは、男子のランナーに吊られて速く走ることでした。寒かったの帽子を被って走り出したのです(この帽子は28km過ぎてから、首を振り出したために脱げた)。ここのコースは前半向かい風になるからキツイと聞かされていたので、自分の走りを見ながらスピードを押さえ気味して様子をチェックしたからです。

―手応えはありましたか?

ラドクリフ―少なくとも、選手の誰もがするように、走ってみないとその日の調子を正確に掴めないですのから自分の走りをチェックしたのです。最初の5kmを16分20秒前後で入り、どんな反応が出るかテストしました。実は、ここにくる1週間前、アイルランドのリーメリック市でゲリーが風邪を引き、シカゴに着たら今度はわたしが喉を痛めました。ペニシリンで治療したので、レース3日前に完全に体内からペニシリンを消すまでドーピング問題で不安でした。調子がよい確かな感触を得ました。ハーフが69分で通過したのは予定です。20km過ぎてから、非常に気持ち良く走れたので、いつものように自分の走りをしただけです。

―ハーフ通過記録は、ロンドンで出した記録よりも2分早い!

ラドクリフ―それだけの練習をフランスのピレーネ山脈にある高地練習場フォンロム―で消化してきました。初めてのマラソンより自信がつきましたから。

―どの辺でペースアップしましたか?

ラドクリフ―意識的に16分5〜10秒のペースアップしたのは、20km過ぎてかしら?あの時点で周りにキャサリーン、渋井の姿も見えなくなっていましたね。

―絶好調!

ラドクリフ―マラソンはなにが起きるか、わたしはゴールに到着するまで勝負はわからないものと考えます。そのために長い準備期間に練習をきっちり消化して、少しずつレースに対する自信をつけてゆくものだと解釈しています。わたしがペースを上げたのも、長期期間激しい練習から勝ち得た自信が、身体、メンタルにしっかり自然にインプットされてきたものです。マラソンは無謀に走れるほど甘い競技ではありません。

―今回ペースメーカーなしの独走でしょう?

ラドクリフ―そうです。ペースメーカーは全く始めからつける予定はありませんでしたが、主催者がアメリカ人の2人のガードランナー(一人は10000mを28分台の実力を持つウエルドン・ジョンソンが39km地点まで併走)をつけてくれました。彼らはペースメーカーではありませんが、通過タイムを大声で知らせてくれるので、自分でタイムを測る手間が省けました。最初の25kmぐらいまで、大勢の男性の伴走者に囲まれるトラブルも避けることができたので大変に助かりました。走りやすくなったのはかれのお陰、感謝します。女性だけのレースと男女混合レースの違いがわかりました。平坦なコースで沿道の応援も素晴らしく、ほぼ予定通りの世界最高記録を作ることができてホッとしています。

(84年、シカゴ・マラソン優勝者スティーブ・ジョーンズが奥さんときていた。一昔前、ウエールズの自宅で取材したことがある。元ファントム戦闘機F16のメカニッシャン、現ボルダ―在、息子が結婚、二人の孫がいる年になった。スティーブはラドクリフをこう分析する。「ポーラは英国史上最強の陸上選手だろう。世界でも、現在長距離ナンバーワン選手。まだ28歳に年齢、まだ伸び盛りだろう。世界選手権五輪優勝する目的意欲がフレッシュだ。これは大きい。トラックの世界記録への挑戦もある。彼女の素晴らしいことは、ロンドンでもそうだが自分のレースができる強さだ。自分のレースを完璧に遂行できるランナーは数が少ない。数知れないマラソンをみてきたが、ポーラの走りは見ていて楽しい走りをする。今日のレースを見ても、まだまだ彼女の記録は先にある。転倒を警戒して、コースの最短距離を走っていない。風も強かったし、これだけでもかなりの時間のロスだろう。」)

―英国陸連はあなたのシカゴの記録を世界最高とは認めませんね

ラドクリフ―認めないでしょうね。ロンドンのわたしの記録でしょう。 ―どの辺で優勝を確信しましたか? ラドクリフ―32kmを過ぎてからエンドの観衆が、2位と100mの差があることを大声で教えてくれました。ある観衆から『ポーラ!結婚して!』と叫ばれ、思わず笑っちゃいましたよ(笑い)。ロンドンでも観衆の応援は素晴らしいのですが、プロポーズは始めて(笑い)ここもいいですね。あれで、すっかりリラックスして走ることができましたね。次に起きたのは37kmあたりで腹痛、一時は走るのを止めてトイレに行くことを考えましたが、幸いにそれ以上悪くはなくなりました。最後の4kmの向かい風もきつかったが、あの時点で2位との差は1分以上離れていたので、よほどのことが起きない限り勝てる気がしましたが、でも、マラソンはなにが起きるかわからないのでゴールまで気が抜けません。

―どの辺で世界記録が出ると思いましたか?

ラドクリフ―世界記録より自分のペースをしっかり守って走ることに徹した結果です。それも前と同じような返答ですが、ゴールするまでレースは終わらないのですから、腹痛が治ってからは1秒でも早くゴールに辿り着く全力の努力しただけです。最後の4kmぐらいはオーストラリア人のシェ―ン・ナンカ―ヴァイス(21位)と、われわれのレースを展開、最後に彼に追い抜かれました(笑い)(ラドクリフは38年ぶりに英国の女性マラソン世界記録保持者。それまでは54年、スコッランドのダル・グレイグ、3時間27分45秒)

―世界最高記録の感想は?

ラドクリフ―最初のロンドン・マラソンから、いつかは世界記録に挑戦しなければと思っていたのですが、意外に早くその希望がかなえられて大変に喜んでいます。レース前に世界記録を予測するようなことは言いたくなかったのですが、その可能性を信じていました。ゴール直前、驚いたことに時計が2:17:17を差しているのが見えたんです。「17」と言う番号はわたしとリヴァプールに住んでいる祖母オリーヴのラッキーナンバー。祖母は17年17日に生まれ、わたしも17日に生まれ、結婚式が17日です!! 100%、計画どおりにことが運んで最高の気分です。世界記録は、いつか誰かに破られるまでの間ですが、それが自分の手中にある実感が喜びです。

―今年世界クロカン選手権、ロンドン・マラソン優勝、欧州選手権、大英連邦選手権、シカゴ・マラソンで大活躍。史上最強の女性長距離ランナーとの評価されていますが、その感想は?

ラドクリフ―史上最強かどうか自分で判断がきせんが、そのように呼んでいただけるのは大変光栄です。これも10年間のハードな練習の成果だと思います。今年は昨年より自信が生まれ最初から総て、スムースに予想以上の結果を得てラッキーです。

―どのタイトルがあなたにとって最も価値がありますか?

ラドクリフ―どのタイトルもそれぞれ思い入れがあるのですが、世界最高記録で優勝したシカゴ・マラソン優勝が最も大切です。この喜びは、わたしをサポートしてくれたゲリー、ジェラルド、アレックスらのバックアップがあったからこそ。

―これだけの記録を出すと、またドーピングを噂されそうですが・・・?

ラドクリフ―(苦笑いしながら)欧州選手権後、いまだにフランスのスポーツ"レキップ"紙によって、わたしの記録、優勝した影には"ドーピング"の影響がある記事が掲載されたことに、全く根拠のない記事に怒りが収まりません。ドーピング問題は陸上競技界に深く蔓延る重要な問題であることを常に公言してきました。私自身IAAFと協力して、ドーピング根絶に協力を惜しみません。わたしのアイデアですが、ドーピングチェックを3―4週間で一定の定期的チェックすることでアスリートの健康、調整状態も管理することができるシステムを提唱しています。レキップ紙の記事を読んでから、IAAFに依頼したことは、ランダムな血液、尿検査のサンプルを凍結して保存、将来再び検査することもできることです。

―選手の胸に着けた赤いリボン、あれはドーピング禁止のキャンペーンでしょう?

ラドクリフ―血液ドーピングです。例え才能があっても、努力を怠って素質を伸ばすのに近道はありません。 ―欧州選手権のレース後、疲労回復の秘訣は氷で足を冷やすことと聞いたのですが・・・?効果のほどは? ラドクリフ―冷たくて凍傷になりそう!あまり好きではないですが、短期間の疲労回復効果は抜群ですね。両足だけを約10分間氷の中に入れるんです。

―今後の予定は?

ラドクリフ―今月一杯カリフォルニアで休暇、来月始め完全にボディチェックの結果によって、ティーム4人全員で来季のスケジュールを決定する予定です。来季はマラソンを走らない可能性もあります。わたしの希望はクロカン世界選手権、パリで開催される世界選手権10000m優勝が最大目標です。5000mが後半に行われる予定ですので、調子さえ良ければ2種目出場も考えられます。いずれにしても、わたしの所属するクラブ活動の参加、来シーズンはトラックレースが今年よりも多くなるでしょう10000mの世界記録の挑戦、1500mの自己記録更新、特別な意味はありませんが4分5秒ですから、記録更新は楽です(笑い。)

―アテネ五輪は?

ラドクリフ―アテネまで2年間あります。そんな先まで計画を立てませんが、どの種目に決定するかは、わたしが最もフィットできる種目を選ぶでしょう。今年どれだけ身体にダメージを与えてきたか、そのチェックが終わるまで判りません。アテネはマラソンか、10000mか、いずれにしても決定は先のことになるでしょう。それにしても、まだまだわたしはたくさんしなければならないことがあります。(ロンドン・マラソンレースディレクター、ディヴィッド・ベッドフォードは、「ポーラは来年1回マラソンを走る予定だと聞いた。しかし、シカゴで来年の予定を聞く場所ではない」と言った。オリンピックイヤーの04年は、選手が五輪に向けて春先のロンドン招聘はほとんど不可能になる。噂によると、ロンドンは"白紙のチェック"を送りつけて好きな金額を書き入れるような手段を打つだろう。また、シカゴ主催者は「春先より、世界選手権優勝後のシカゴのほうが最適だろう」予算2億5000万円の予算を組んでラドクリフ争奪合戦は過熱気味。ラドクリフの獲得収入は、優勝金額10万ドル、世界最高記録15万ドル、車3.5万ドル、出場料金30万ドル、スポンサーからのボーナスなど含めると、ザット78.5万ドル、約9600万円だ!) ―ポーラ争奪戦が過熱気味! ラドクリフ―お金でレース出場を決めません。

―高橋尚子の小出監督が、あなたは2時間14、15分の存在能力を持っていると言っていますが・・・それについてのコメントは?

ラドクリフ―エーッ! そうですか。ありがたいことですが、その記録はちょっと現在では考えられませんね。(同じ質問をラドクリフの夫、ゲリーにしてみたが、半信半疑の表情だった)

 

2002.10.27.return to home 】【 return to index 】【 return to athletics-index