
ケイタを迎える孤児院の子供達 |
”子供たちは,国の宝,未来があります。お安いご用、喜んでお手伝いしましょう”と、長年のガーナの友人オフォリが”Villages
d'Enfants SOS ”(SOS孤児院)に招聘希望を伝えると,サリフ・ケイタ(56才)は,即座に笑顔で承諾した。
サッカー好きな人は,サリフ・ケイタの名前を覚えているひともいるだろう。国土のサハラ砂漠が大半を占めるマリの偉大な元サッカー選手。アフリカ年間最高選手に与える"ゴールデンブーツ"賞,最初の受賞者。サンテイテイエヌ黄金時代,リーグ3連勝,2度のフレンチカップ優勝に大きく貢献した伝説的な人物だ。60年代後半からフランス,スペイン,ポルトガル,アメリカの各リーグで大活躍。アフリカ大陸出身史上最高FW選手オセビオスと双壁だろう。
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マリは乾ききった国土の中央を,皮肉にも,隣国ギニアから大河ニジェールが満々と水をたたえて流れる。その川がマリの首都バマコを南北に分ける。マリは1960年フランスから独立,2代目の大統領ムサ・トラオレ(1968〜91年)が独裁社会主義体制を取ったが,ご多分に漏れず,ソ連崩壊と共に消えた。ようやく民主主義政権が敷かれたばかり。国民年間平均一人収入,250ドル,162ヶ国中153番目の最貧国のひとつだ。
第23回アフリカ選手権大会は,南アが100万ドル,モロッコからも資金援助、中国が5ヶ所に新スタジアムを建設して無料提供。国威を掛けた大会開催に、やっとこぎつけた。過去マリは72,94年大会出場しただけだが、今回は違う。地元の利を生かし、連続ワールドカップ出場国南アを準々決勝で破り2−0で準決勝進出を果たした。
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ホテルのヴェランダから、後方はニジェール川 |

ホテル玄関前で |
決勝進出を掛けた対ナイジェリア戦の夜,マリ中の通りから人の姿が消えたという。敗戦が決定,数万の観客がスタジアムから帰途につく足取りは重く,まるでお通夜そのものだった。
サリフ・ケイタはボストンで引退。苦学の末、英語を習得,大学を卒業してマリに帰国する。革命後のサリフ・ケイタは,大臣,銀行頭取など重職を務め、その後,観光,ホテル経営などで多忙な毎日。94年サッカーアカデミーを開設,その一期生が99年ユース世界選手権で日本についで3位,今回のアフリカ選手権4位のマリ代表チームに8名送り出している。果たせなかったワールドカップ出場の夢を、これらの若者に託す。
サリフ・ケイタは心から楽しそうに園児と談笑,半日を過ごした。 |
コンタクト先,SOS Mali
Dr.Paed.Moussa Balla KEITA
B.P.1902
Bamako
Rep. du MALI
電話(223)289663,fax(223)283288,
E-mail:vesos.mali@datatech.toolnet.org |
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