【東欧システムを生かした選手発掘、育成システム】
オディセイス・パパトリス(49歳、元走り高跳び選手、ジュニア時代2.17mの記録保持者。体育教師、92年、ナショナルコーチ時代ラブロス・パパコスタスが2.36mを樹立、アトランタ五輪女子走り高跳び2位のニキ・バコイアニイらのコーチ。)は、現ギリシャ陸連ヘッドコーチ。コンタクトを取り始めたのは1年以上前のこと。

しかし、こちらの都合もあって取材調整が難しく、念願のギリシャ取材が実現したのが大幅に遅れた。ギリシャ陸連事務所は、アクロポリスの丘から遠くない南の大通りに面したビルの一角の3階にサッカー協会と分けている。

半月前に約束した時間にもかかわらず、待たされること約2時間。6月半ばだが、真夏のように暑い。冷房が入っていない部屋で待たされたが、協会の人たちは汗もかかないらしい。

パパトリスヘッドコーチは、ギリシャ陸上競技界の現状について説明を聞いた。

−あなたの協会での主な仕事はなんですか?

パパトリス−わたしはナショナルヘッドコーチ。傘下に各種目のナショナルコーチは50人、その他に約300人のクラブコーチの総てが陸連に属しています。ナショナルヘッドコーチは、その頂点に存在すると考えてください。わたしの主な仕事は、ギリシャ陸連のコーチの年間総括プログラム作成、総ての指導者の責任者です。具体的にはコーチのための年間プログラムを直接コーチと連絡しながら作成、選手のトレーニングキャンプ、メディカルスタッフ、選手代表選考など直接できる権限をもっています。

−このシステムが発足したのはいつからですか?

パパトリス−84年に政府のバックアップを受けて発足。本来の目的は、第1回アテネ五輪で開催されてから100年目の96年アテネ五輪招致を考慮して選手強化システムを設立したのです。

−その効果はどうですか?

パパトリス−少なくとも、わたしが現役時代よりモチベーションの高揚を促進、トップ選手が練習に集中して打ち込むことができる環境が整えられました。その結果、例えばバルセロナ女子100mhで、ヴォウラ・パトゥィドウが女子陸上競技史上初の優勝。これを契機にギリシャ選手が、国際的に活躍できる自信が生まれ、心理的な壁を破ったと言うことです。シドニー五輪は、第1回アテネ大会でスピルドン選手がマラソンで優勝して依頼初めて、コンスタティノス・ケデリスが男子200mで劇的な金メダルを獲得しています。人口1000万人の国が、毎回の五輪、世界選手権大会、欧州選手権大会で、それなりにメダルを獲得しています。

−具体的にどのように選手をサポートしていますか?

パパトリス−基本的には、われわれのシステムはかつての東欧スポーツ振興から学んでいますね。全国で活躍している300人のコーチは、基本的には協会が給料を支払っています。かれらが草の根の役目を果たし、才能発掘に尽くすことが非常に重要です。一定の年齢に達する選手ならばアテネとサロニキの2箇所にある国立五輪合宿場に集めて、エリート育成システム、プログラムに送り込みナショナルコーチが指導する。この合宿場に入る選手の生活費一切とこずかいは国から支給されます。

−トップ選手の待遇は?

パパトリス−毎年コーチ会議で各選手の成績でカタゴリーを決定します。5段階に分けられ、トップ選手は五輪、世界選手権、欧州選手権大会のメダリスト。月額支給は3000ユーロ(税抜きで約42万円)ただし、合宿費、交通費などは別支給です。その下のカタゴリーは、上記の大会入賞者。約2000ユーロ(約28万円)。1と2のクラスの差がないのは、メダリストになると別の形でさらに政府が毎月別途支給があるからです。例えば、ケデリスの場合は最低でも年間100万ユーロ(約1億4000万円)以上の収入があるでしょう。 カタゴリ−3の場合は、ナショナルレベルかユーロピーアンカップ優勝者、カタゴリ−4は、若手の才能ある将来性豊かな選手などに分けられます。カタゴリ−5と続きます。 −現在トップ選手は何人ですか? パパトリス−30名、その下が40名です。

−ケデリスはギリシャで最もスポーツ選手の稼ぎ頭?

パパトリス−サッカー、バスケット選手より・・・多分ね(笑う)。政府は五輪優勝者に30万ユーロ(4200万円)、世界選手権優勝に15万ユーロ(2120万円)、欧州選手権優勝に10万ユーロ(1400万円)など、選手がタイトルを獲得するごとに報酬金が加算されるからです。これが毎年現役中は続き、引退後は高額なリタイアメントが毎年支給されます。それプラスポンサーが、ギリシャではほかの国より多くは望めないのですが、ケデリスクラスになると別の話です。

−ケデリス、タヌー、コーチらのカタール行きが問題になりましたが、ことの起こりはなんですか?

パパトリス−国際的な規則として、通常はいつ、どこで、どんな練習をしようが届け出る義務を遂行していれば問題は起こらないもの。ギリシャでは合宿経費の総てを協会が出費している。このグループはクレタ島で練習する計画書を事前に協会に出していたが、実際今年は寒かった。クレタに到着したが雨も降り寒いので、キプロス島に飛んだ。しかし、ここでも寒くて、今度は中東のカタールに飛んだが、カタール合宿は協会に無届だったのがことを大きくしたのです。そこで協会はクリストスにすぐに帰国命令を出したのですが、戦争がはじまり簡単にカタールを離れられない。新聞はよからぬことを書き出したのが、世界に飛んだのでしょう。クリストスは性格の強いコーチ、時にはかれの言葉や態度がジャーナリストと衝突する場合もしばし起きる。結局、帰国後に話し合って了解した。(注:ことの起こりを深く突っ込むと、うんざりした表情でなぜかかなり焦点をぼやかす。5人に同じ質問をしたが、ほぼ全員話がかなり違っていた。協会内には、ドーピング禁止のパンフレットが山積されていた)

−このトップ30人の選手が世界選手権、アテネ五輪でメダル獲得可能性ある選手ですね?

パパトリス−あくまで可能性ですが、われわれは少なくともシドニーの成績(金1個、銀3個)を上回り、欲を言えば3個の金メダルを獲得してくれれば大成功でしょう。パリの世界選手権は、あくまでアテネ五輪が最終目的ですから無理をしないで、気軽に望んで欲しいと思っている。しかし、五輪まであと1年、すでに選手は見えないプレッシャーが刻々と重く迫っているのを感じている様子です。

(余談だが、協会内部の廊下に掲げてある埃を被った古い大きな油絵は、かの有名な勇姿が戦場マラトンからアテナイまで走り勝利を報告して事切れたる故事をモチーフにしたもの。そのことを協会事務員の2人の人に聞いてみたが、"とんでもない"と言われて一笑にされた。このことをパパトリスに伝えると、かれはこの絵のいわれを知っていた)

(↑講談社・陸上競技社・月刊陸上競技誌2003年8月号掲載)
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