世界最高記録保持者のプライド,負けるわけには行かない!

世界最高記録保持者ハリッド・ハヌーチ(アメリカ、30歳)は、今春のロンドン・マラソン「夢の饗宴」と呼ばれた長距離、クロカンの王者ポール・タガート(ケニヤ、32歳)、長距離史上最強選手ハイレ・ゲブレセラシエ(エチオピア、30歳、)の対決を世界最高記録で制した。エドモントン世界選手権を途中で棄権した屈辱から、また、ハリッドが怪我から完全復活を実証した日でもあった。

かれとかれの奥さんサンドラは、マネージャー、コーチ、フィジオなど、ハリッドが走ることに専念するために脇役に徹する二人三脚。シカゴでロンドン・マラソン以来の再会だったが、「オヤッ?!」と思うほど。レース前トップ選手の持つ特有な緊張感が薄かった。

続く、ポール・タガートも「予想タイムは走ってみないとわからない。準備は十分だから、どのようなペースになっても対応できる自信がある。もちろん、優勝を狙う」と言うものの、今ひとつなんとなくボヤーとしたムードでテンションが低かった。そのことをハリッドにぶっつけると、「緊張感が乏しくても、今年のシカゴはレヴェルが高いので油断は禁物だ。予想タイムはわからないが、シカゴ・マラソンは、ぼくのホームコースです。ぼくがレースに出場できるシェイプであるの確かです。でも、過去ここで3回優勝した時のような自信はありません。ぼくが走るからといって、毎回、毎回、世界最高記録を期待されても困る。われわれも人の子。世界最高記録を目指す準備期間、成功した時の達成感、プレッシャーからの開放感など、どれだけのエネルギーを消耗するか、なかなか人にわかってもらえない。ロンドンは疲れた。疲労回復に2ヶ月掛かりましたからね。7月からアルバカーキーで4週間の高地練習、NY州の自宅、オシニングで調整してきたのでレースの準備は十分ですが、正直に言えばロンドンの緊張感はありません(笑う)今回は世界記録更新なんて全く考えていません。勝つことしか念頭にない」と、返答してきてもまだ納得できなかった。

友人に、こんな状況なら、無名の伏兵あたりが優勝する可能性がありそうだと話した。それが、28kmで飛び出した高岡だとは・・・。昨年の優勝者ベン・キモンジュ(ケニヤ、24歳)は、ペースメーカーがそのままゴールに向かって走り、ポール・タガートを破って勝ってしまった男だ。キャサリン・デベラと同じグループ。かれもフィラデイルフィアで練習を積んできたが、おもしろいことに「賞金」目当てにコロンビアの高地3レースに出場して調整してきた変り種。 

黒衣のランナー、マラソン界の"タイガー・ウッズ

35kmを通過すると、今まで追い風からカーブを曲がると急にコースは北に向かう。北風をもろに受ける。1kmぐらい走ると今度は横殴りの風が吹く。残り4km、「Lake Shore Drive」(湖畔高速道路)になり、ゴールまで真直ぐ、起伏ある道路に出る。この時点でハヌーチは25秒先行する高岡をまだ追う体制を見せない。ハヌーチは最後の3マイルをこう分析する。

「勝ちを『ノーラッシュ』(慌てること)はないさ!このコースは良く知っている。湖畔道路に入る前まで30秒離されても、ゴールまで追いつき追い越す自信がありますね。99年、モーゼズ・タヌイ、00年タヌイ、ジョセファット・キプロノをトンネルの中にある25マイル地点から猛然と追い上げていずれも勝っている。あの直線コースを"魔法の地点"と読んでいるのさ。タカオカが先行しているが、一向に心配がなかった。後方から見ると、かれの走りが明らかに向かい風で弱ってきたのがわかっていた。それより一緒に走っている、エル・ムアジズ(モロッコ)、タガート、ジェンガらの動きを注意、下手な動きはできなかった。23マイルを過ぎて、みんな同じ考えだったろうが、スパートのタイミングをいつするのか、タイミングを伺がっていた。ぼくの頭の中で20回も繰り返しあれやこれや頭の中でシュミレーションを繰り返す。シカゴ・マラソンは、最後の3マイルが勝負ところです。ここで余裕がなければ,弱った体力に北からの冷たい風が、急激にエネルギーを消耗してしまいます。後方を見ると、わずかだが開いている。それを見て今だ!『イケーッ!』と自分自身に号令を掛けたんです。あとは夢中でタカオカを捕らえ、一挙にゴールまで後ろを振り向くことなくダッシュしました。優勝できたのはコースを良く知っていたことが幸いしています。今回は自分自身もレースを予想することができなく、あの状況でサブ6分を走れたことは大変なこと。まさかの記録で驚いているが、タカオカの積極的な走りが、結果的にサブ6分の好記録を生んだのです。あんな疲れたレースも始めて。シカゴはぼくのホームコース、ここで世界記録保持者は負けられませんよ。涙が出たのも嬉し泣きです」近い将来のレース計画を聞かれ、「非常に疲れている今、冗談にも次のレースのことなんか考えたくもない」と答えた。サンドラにヴァカンスはどこに行くのか?と聞くと、満面に喜びを浮かべて「3週間!行く先はだれにも教えないよ!」と。

高岡と最後まで大接戦を演じたダニエル・ジェンガ(コニカ、25歳)は、実業団強化選手の一員、ゴール直後血圧が下がり救急車で病院へ。表彰式にも出れなかった。今回で7回目のマラソンだが、自己ベストを5分以上も塗り替え、2月別大で2位だった時、安田監督ともども公言していた「間違いなく6分台はいける」と言う公約を見事に果たして新たなケニヤ生まれ、日本の土壌で育った世界のトップクラスの誕生だ。ワキウリ、ワイナナらに続く逸材だ。 一方、タガートは4回目のマラソンで4位に甘んじたが、「2時間6分16秒の記録には満足しているが、勝つのは難しいね。」と、勝てないジレンマに苦笑していた。 2時間6分46秒でモロッコ新記録を出しても、最後のスパートで5位に落ちたエル・ムアジズ「世界のトップ選手と争いで勝つのは難しい。でも、また次のチャンスがあるさ」と、言葉が少なかった。

 

2002.10.27.return to home 】【 return to index 】【 return to athletics-index